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「ミニマル子育て」という本が素晴らしすぎたので紹介します

紹介する本は、読みたくなった経緯なども含めて本来読んだ順にアップしたいのですが、この本については気持ちが熱いうちに。ミニマリズムと子育てについて考えたくて読んだ本ですが、想像以上に学術的で最高に効果的な本でした。「キム」という名前から韓国系の著者?ということは韓国式の教育法かな…?と身構える自分がいたけど著者はアメリカ人で、根幹はシュタイナー教育とのこと。

シンプルな環境でおもちゃや家具も極力少なく、子供自身の工夫で育っていってほしいと思って私はミニマリズムを志向してきました。私自身、モノやゴチャゴチャした環境に囲まれていると疲れるので…。実家の母が逆のタイプで「おもちゃは多いほどいい」「たくさん与えないと可哀想」「子供への刺激は多いほどいい」「安ければ何でもすぐに買う」という考え方です。母に接するたびにそういう意見をくどくど刷り込まれて私は正しいのだろうか?と不安になってきたのでタイトルに惹かれて読んでみたのですが、今後の子育て観はこれでいこう!と決意するくらいすごい本でした。

子供の心が危ない

まず一番に強調されているのは、モノに溢れた環境が子供の負担になり、大きな害になるということです。

情報量が増えすぎスピードが速くなりすぎている現代で、子ども時代を守る。そうしないと心的外傷後ストレス障害(PTSD|こころの病気を知る|メンタルヘルス|厚生労働省 (mhlw.go.jp))のような傷をおう子供になってしまう…ということでした。

刺激と選択肢のありすぎる子どもの疲れきった感覚では、自らを守るために閉じるほかありません。度を越した感覚への刺激は、ゆっくり時間をかけて注意をそそぎ、なにかをじっくり楽しむ能力を子どもから奪い、結果的に、世界をより深く探索する能力を奪うことになるのです。

ミニマル子育てーー少ないは多いにまさる 子どもと親が育ち合う

ええー?と思うかもしれませんが、確かにニュースを垂れ流しにしていると子ども心には強く刻み込まれるように思います。子どもはごっこと現実の区別をつけない(子どもがテレビでみる残虐な映像は実際に目の前で起こっていることと同じ)ということです。大人からするとどこが怖いのかわからない子供向け映画の内容がショックで眠れなくなることもあるくらいですから、実際の戦争の映像を見る子どもの心の痛みはどれほどでしょう。
子供向け番組も含め、我が家ではほぼテレビは見せていません。テレビ自体ををなくすのもわりと本気で検討していますが、まずはパパがスマホで動画を見せるのをやめさせないと意味ないな…私が不在の時ラクだからってyoutubeを見せるの本当に…!視聴時間に制限を設けるところからやってみます。

昔ののんびりした環境で子育てしていた人たちには、この刺激の多さをわかってもらわないといけませんね。うちの母は何かというと「もっと刺激を与えないと」「子供には刺激が必要なんだから」と言いますが、世界は既に刺激に溢れているということに気づかないといけないですね。

子育ての一番の勝負どころは、子どもの可能性に対する私たちの希望を、不安に勝たせられるか」という部分は非常に同感です。

子供を休ませることの重要性

子供が思春期にさしかかったら読み返したい本でもあります。「心の風邪をひいたらゆっくり休ませる」というのは親としては勇気がいるし仕事の調整なんかも大変ではありますが、本当に大切なことだというのがわかります。

なにに悩んでいるのか言わなくてもいい。でも、なにかが君に起こっていて悩ませているのはわかる。家族として、君が静かに休めるような時間をあげたいんだ。どうやったらそれができるか一緒に考えさせてくれないか?

子供をかわいく思えなくなってしまった時の対応なんかも紹介されています。子どものよい部分、本来の可愛い姿を思い浮かべるエクササイズはいいなと思いました。

両親のどちらかが通勤時間も含めて一日に十時間仕事に費やすとしたら、子どもはかならず苦しむことになります。(中略)あらゆる依存症、自殺、鬱病、学校の成績の悪化、これらは職場の厳しい要求がもたらした親の不在に原因があります。

本書では「環境」「リズム」「スケジュール」「大人の世界から子どもを守る」ということを通して色々なことをミニマル化していく提案がされます。ここでのミニマル化とは、物から解放されて自由になるということです。

環境(おもちゃの過剰供給が創造性を奪う)

おびただしい物の散乱は、私たちの過剰消費文化を象徴しているだけでなく、それ自体が大人たちと子どもたちの精神を分裂させ、大きな負担要因になっているのです。
子どもが、自分が何者であるかを知るのは、遊びと生身の人間との関わりを通してです。決して物を通してではありません。

作られすぎていないおもちゃがいいというのはどこかで感じていました。私はもともと木製のおもちゃや雑貨が好きでプラスチックが嫌いでしたが、そういう面もあったかも。「動かせるもの、想像力によって変幻自在なものでないと、ほったらかしにされるかバラバラにされる」というところを読んでからトイザらスでどんなものがあるか見回してみましたが、95%は作られすぎたものたちでした。キャラものとかはほぼ全部そうですね。

こういう↑↓おもちゃだけを与えられたらどんなに安らかな環境になるか…保育園選びの時も、どんなおもちゃがあるかは要チェックです。モンテッソーリ教育を取り入れているところは手作りの素朴なおもちゃが揃っていたりしますが…

子どもが1台のレースカーが気に入ったからといって、同じようなレースカーを三台持たせることは、子どもの喜びを三乗にしているわけではなく子どもとおもちゃにできた関係をおびやかすことに。それはせっかくの関係を希薄にし「どんな関係も入れ替えのきくものだ」という間違ったメッセージを送ることになる

これは私自身、覚えがあります。赤ちゃんの頃にもらって小学生になっても大切にしていたゾウのぬいぐるみがあったのですが、ある時母親がバザーで安い動物のぬいぐるみを大量購入し「仲間が増えたよ~」と持ってきました。最初は喜んだのですが、そのうち量の多さに圧倒されてしまい一緒に眠ったり遊んだりすることよりも「収納すること」が目的になってしまいました。段ボールで作ったぬいぐるみのお家は詰め込みすぎて壊れ、本当に大切な存在だったぬいぐるみは片付けが大変なことから取り出すのも億劫に…。何年も大切に築いてきたゾウとの関係が壊れたのは、確かにあのバザーの日からでした。

「ちゃちなプラスチック製のおもちゃでくだらない真似事をさせるぐらいなら、小さくとも本物の道具を扱わせてあげた方がずっと良い」というのも非常にわかる!!だからIKEAのままごとセットが好き。本当に調理できる素材感とクオリティです。

リズム(見通しを伝えてリズムをつくる)

「行くよ」と声をかけても遊びをやめない子供、「これをやるよ」と言っても抵抗する子供に苦労した経験はありませんか?

「子どもは創造的な表現の機会を十分に与えられないと、ある活動から次の活動への移行が難しくなるという特徴がある」という部分を読んでドキッとしてしまいました。「生活のリズムをつけて見通しを持たせることが大切」とありますが、我が子にはかなり前から予告することを心掛けています。

  • 子どもをひょいと後ろから抱き上げている親を見かけることがある。これが習慣化されると子どもに「おまえのやっていることは大切なことではない」というメッセージを伝えることになる
  • しつけの過程は「小さいことからはじめる」「子どものそばを離れない」「決して子どもにゆずらない」「最後までしっかり見届ける」

家族で一緒に食卓を囲む回数が多ければ多いほど、学校の成績がよくなり野菜やフルーツをよく食べ語彙力が豊富になりドラッグや飲酒や喫煙、鬱、喘息、拒食症や過食症になる可能性が低くなる」というところには驚きました。統計情報ですから一定の客観性がある数値なのでしょう。仕事や趣味が忙しすぎる親は注意が必要ですね。両親というのは替えがきかない存在なんだなと強く思います(血が繋がっているかは関係なく)。

「お話が大事」というのは意識したことがありませんでした。子供が主役になって冒険するような、自分が経験している内面世界にぴったり合うお話を聞くことによって、世界の秩序がまた再び取り戻される希望と確信を持つことができるとのこと。ちょうど今は第3子が生まれるところで不安もあると思うので、そんなお話を創作して語って聞かせようかなと思いました。

スケジュール(退屈なくらいに留める)

現代の子供が塾に習い事に、スケジュールを詰めすぎだというのはよくわかります。私も英才教育というか、習い事をたくさんさせることには懐疑的な立場です。

何かと子どもに習い事をさせようとしてくる実家の母には「親になることは、子どもの一生涯にわたる娯楽部門の担当者になるのではなく退屈さの権化になること。そうすれば子どもは創造的に面白いことを始める」ということを伝えたいものです。

ただ好きだからする。これが唯一の理由であるべきで、奨学金や推薦状、栄光や有名人になることを目当てに習い事をさせるべきではありません。

「色々な経験を積ませるため」「可能性を探すため」と言いながら習い事でもたらされるメリットを血眼になって探している親の多いこと!そして習い事を提供する事業者もそうですよね。あたかも子供の将来にプラスになる、それを習わないと遅れをとる、そういうPRをしています。

大人の世界から子どもを守る

子どもは、乳離れをしたずっとあとまで、親の感情を食べて生きているのです。私たちは、メディアの危険のほのめかしや、心配すべきリストをすべて真に受け、警戒心を強めることが子どもを守ることだと信じ込まされています。しかし実際のところは、私たちの喜びを見出だしたり可能性を信じる力を弱めているだけなのです。結果としてそれは、私たちの親としての健全さを損ない、世界を眺めるレンズに影響を与えます。そして、このレンズの歪みは、子どもの世界観にも影響を与えてしまうことに気がつかなくてはなりません。

「子どもに安心感を与えたいと思うなら、まずは親のあなたが安心することが必要」という一文で、自分がどれだけ肩に力が入っていたかわかりました。

「言葉を控えれば控えるほど、一つ一つの発言の重みが増す」「言葉を出す前にフィルターにかける。真実かどうか?優しさかあるか?必要かどうか?」ということは心に刻んで子供に接したいものです。

子供がまったく望んでいない種類の質問を親が必要以上に浴びせてくるのは、子どもとしてわかる…「ごはんにする?パンにする?」「ジャムがいい?バターにする?ジャムはイチゴかブルーベリーか、ママレードもあるけど」「お箸は自分で持っていく?ママが持っていこうか?」「デザートはどれにする?もう持っていっていいかな?まだいい?」はい、おわかりの通り実家の母は過保護です…そういうどうでもいいことでも決断を重ねるのはすごい疲れるんだよな…。「今日のごはんはこれだよ!はい持っていって!」でいいんですよね。

親になる人、祖父母になる人にぜひ読んでほしい一冊

ここにまとめきれないくらい内容たっぷりで、自信をもってオススメできる良書です。例が多くて読みやすいし、科学的な裏付けもあるので教育論に懐疑的な人にも。ページ数と文字の多さが二の足をふませる部分があるけど、内容が詰まっています。本を読むことに慣れていない人にはオススメしづらいですが、読み始めると興味深い文章ばかりであっという間に読めました。

これから親になる、どうやって子育てしたらいいか悩んでいる、子供に関わる仕事をしている、かつて親だった、我が子が親になる…そういった人にぜひ読んでほしい本です。もしかしたら「かつて子供だった」人の現在の問題が何に根付いているのかを解きほぐす手がかりにもなるかもしれません。

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