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ゲイが現代日本で幸せに生きるために必要なものを考えてみた

私は同性愛者ではないのですが、ゲイの友人(男性の同性愛者)がいつも愚痴っていることをまとめてみます。ゲイでも人によって違うだろうし、あくまで一人の個人的な意見です。聞き書きなので勘違いなどもあるかもしれませんが、何かの役にたてばいいなと思って掲載するものです。彼が語っているふうに書きます。

はじめに(僕のゲイ歴)

僕は中学生の時に自分がゲイであることに気づいた。初めて男性と付き合ったのは高校の時。ワンナイトラブ的な相手の探し方をした時もあったけど、今は普通の恋愛をしていて5年以上付き合っている彼氏とは同棲中。

僕は白髪まじりの中年のオッサンで、容姿端麗ではない。太ってもいる。「おっさんずラブ」は登場人物がみんな容姿端麗だったけど、現実はこんなもんだ。

ゲイだとわかってもクビにされない労働環境

もちろん現代日本では性的嗜好などを理由としての解雇はできないことになっている。でもそれは建前で、実際にはゲイであることがばれてイジメられた結果、仕事をやめることになった人もいる。

そんなふうにバレないか、仕事を失うことにならないか、いつも心配しながら生きている。

結婚しない中年を変人扱いしない風潮

ゲイの中には女性と結婚して子供をもうける人もいるけど、僕は彼氏と一緒にいたいから結婚はできない。また、偏見の目で見られることがわかっているのに同性パートナー宣言みたいなことをして目立ちたくもない。だけど、ある程度年齢がいっているのに結婚していない人に対して「どこか問題があるのかな」っていうふうに見られることが多いのは、苦しい。

パートナーと出会うための安全な手段

今の彼氏とはゲイのためのマッチングアプリで知り合った。ちょっと前までは「出会い系」と呼んだけど、歴代の彼氏も大体そんな感じ。困るのが、そういうところにつきものの「怪しい投資話」「詐欺まがいのマルチ商法」など。

女性と男性の出会いでもあるかもしれないけど、僕はパートナーに出会いたいわけで、詐欺とか投資の勧誘には出会いたくない。

けど僕もたいがい慣れてきて、メッセージを数回やりとりしたら「これは投資の話になるな」っていうのが見分けられるようになってきてしまった…。

不用意に傷つかないエンタメ

僕はお笑い番組を見るのに細心の注意を払っている。特定の漫才を見ると傷つくからだ。

ボケとツッコミでできているお笑いの構造は、ゲイに限らずマイノリティに優しくないと思う。基本的にボケは常識からみて逸脱したことをして、ツッコミがそれに対して「おかしいだろ」とつっこむ。最近は少なくなっているかもしれないけど、ちょっと前まではボケのゲイ的な言動に対して「オカマやないか」「気持ち悪いわ」なんていうツッコミもよくあったりして、そういうことを自分が言われているような気持ちになって傷ついたものだった。

差別的な言動をしない友人

正直、ゲイであることをカミングアウトした途端に疎遠になる人はいる。こちらが望んでいない気の回し方をされることもある。僕はこれまで通り、普通に接してほしいだけだ。ただその友人が恋人の話をしてくれるのと同じように、彼氏の話をしたかっただけなんだ。

パートナーと一緒に住める家

彼氏との同棲は大家さんには内緒にしている。そもそも一人暮らしが前提の家だし、ゲイカップルが住んでいるなんて言ったら追い出されかねない。もちろんルール違反なのは知っているけど、他にどうやって彼氏と一緒にいられる方法があるだろう。今の家はオフィスとして使用できる物件なので彼氏が頻繁に出入りしてもあまり怪しまれないで済んでいるのが救いだ。

コロナ禍で田舎に引っ越そうかと考えたこともあったけど、新しい家で彼氏と二人で住むために解決しなければならない問題が多すぎて諦めてしまった。運よく二人で住める家が見つかったとしても、田舎だと近所の人にも何かしらの説明が必要じゃないかと思う。

干渉しすぎない隣人

とはいえ都会では隣人との物理的な距離が近いので、都会でもゲイだとばれることがなきにしもあらず。幸いにして現在の隣人は仕事で忙しくあまり家にいないので、彼氏と二人でいるところに鉢合わせたことはない。それでも男女のカップルみたいに手を繋いで出掛けたりはできない。

近所の人に「ゲイカップルです」と説明して「ああ、そうなんだ」で終わってくれれば本当にありがたいが、まずそうはならないだろう。僕らみたいなのが近くにいるだけで不快な気持ちになる人もいる。悲しいけど、それは事実だ。

ゲイとして幸せに天寿を全うしたロールモデル

彼氏との将来についてもよく考える。男女のカップルは一般的には「結婚して、子供を育てて、子供が巣立って、互いに看取って」と人生の最後までを見通せると思う。もちろん結婚しなかったり子供がいなかったりすることはあるだろうが、一生をともにするという想像が比較的容易じゃないだろうか。

僕の知る限り、ゲイの世界ではそういう「こうやって人生を歩んでいくよね」という共通認識はないし、僕が目指したいロールモデルもいない。死ぬまで彼氏との関係について考え続けなければいけないのだ。

彼氏は好きだけど死ぬまで一緒にいられるかはわからない。どうやって過ごすのが幸せなのかもわからない。

医療費がかかりすぎない健康な身体

ゲイに優しい他の国や地域に移住するという選択肢も考えてみたことがある。でも僕は持病があって、定期的な治療が必要だ。一方で稼ぎが多いわけではなく、国民皆保険というシステムに守られなければ生きていけないだろう。言葉も不安だし、医療の水準も新興国では心もとない。

日本国内でも人里離れた土地で自給自足…というのは、家や人付き合いの問題は解決できるかもしれないが、健康上の理由で難しいのだ。

ちなみにキリスト教勢力が強い地域には行けない。「ゲイは死ね!」って言われるからね。

望みすぎだろうか?

我ながら欲しがりすぎだろうか?でも、そのために諦められるものは何だろう?と考えたところでそんなのないことに気づく。何かを犠牲にして自分に正直に生きるってどういうことだろう?どうして何かを諦めないと生きられないんだろう?ゲイだって関係なく、幸せに生きたいだけなのに。

私(ゲイではない)の視点

私自身はゲイのカミングアウトをされた時に「そうだったんだ。誰を好きだろうが、彼と友人であることに何ら影響しないけどな」という考え方でいたのですが、異質なもの、よく知らないものを「気持ち悪い」と遠ざけたり排除したりする人の方が多いと彼に聞いて驚きました。

私も大家として不動産賃貸業を行っている身です。「ゲイカップル」の入居を受け入れるか?については「夫婦ではない男女のカップル」とひとまず同列に扱うのが妥当かなと思うのですが、悪意のある入居者ではないかの見極めや同じ物件の住民の目など…考えるべきことはたくさんあって悩ましいです。

彼は愛するパートナーと一緒にいられて理解のある友人もいるので決して不幸ではないように思いますが、確かに長い人生を考えると私の抱く幸福感とはちょっと違うのかもしれないとも思います。彼が欲しがっているものはほとんどがゲイでなくても欲しいだろうし、ゲイだというだけで「これを欲しがるのは罪だろうか」と悩むのはどこか社会が歪んでいるのかなと感じます。友人によると、私が思っているよりゲイはたくさんいるらしいです。無意識に傷つけるようなことや、恋愛対象によって社会的に縛られるということが少なくなるといいですよね。

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