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「親父の一番長い日」に見る結婚観の変遷について

さだまさしさん大好きです。

「親父の一番長い日」を久しぶりに聴いて、結婚に関する考え方が随分変わってきていると感じました。女性蔑視とかの関係では「関白宣言」とかの方が取り沙汰されがちだと思うけど、あえてこちらを取り上げます。好きだから。笑

知らない方のために説明すると、「親父の一番長い日」はさだまさしさんの名曲!12分を超える長い曲です。兄の目線で描かれた、妹が生まれてから成長してお嫁に行くまでの話ですが、昭和の終わり~平成ひとけたあたりの家族観、結婚観がよく表れていると思います。1998年発売らしい。

  • パパが名前をつけるところ
  • お兄ちゃんが「あんなブスで苦労するだろうな可哀想に(意訳)」と思うところ
  • 小学校に入って運動会で活躍したり学芸会で赤鬼を演じてパパが大喜びした話
  • 大人になるにつれて少しずつきれいになっていく妹の描写

などが笑いと愛に溢れています。で、本題の結婚ですが。一部引用すると、

或る日ひとりの若者が 我が家に来て
”お嬢さんを僕に下さい”と言った

親父の一番長い日

”わかった娘は くれてやる
その代わり一度でいい
うばって行く君を君を殴らせろ”と
言った
親父として

親父の一番長い日

つまり結婚が「親の許可を得て娘をもらうもの」、娘が「殴らせる代わりにくれてやるもの」になっています。親(家)と、夫になる男性との間の契約のようなイメージです。(もちろんそんな意図のある歌詞とは思っていませんよ!)

これが現代と違うように感じます。この歌よりもっと前は「両家の合意」、この歌だと「女性側の家と男性側の個人の合意」とするなら、現代は「女性の独立の一つの形態として結婚がある」というふうに思うのです。家から家への権利の委譲→家から男性への贈与→主体が「家」「親」から「娘」になった。

私はこの中でいうと現代版の結婚の仕方だったと思いますが、それでも夫となる人はスーツを着て私の実家に来て「お嬢さんをください」とは言わないまでも結婚の許可をもらう形をとりました。そして嫁となる私も相手の家に行って挨拶はしましたが「結婚させていただきたい」とは言わず、既に「結婚したい人がいる」という合意を取り付けられた状態で「この人です」と登場した感じです。ジャケットやスーツは着ないで、清楚なワンピースでした。カップルによるかもしれないけど、女性が従の形をとるさだまさし時代の名残があったように思います。

そんなわけで家同士のものだった結婚が、今ようやく当事者の女性と男性のものになったところなのではないかなと。これから同性同士のものになったり、結婚という概念自体が陳腐化したり更に進んでいくかと思いますが、いずれにしてもすべての人にとって幸せな選択が増えるものであったらいいなと思います(*´▽`*)

しかしリレーとか学芸会とか叶わなかった初恋とか、そういう小さなことたちの思い出からすごく愛情が伝わってくるんですよね。歌詞に注目しがちですが、感情のこもったさだまさしさんの声もすごくいいです。このアルバムだと「雨やどり」が一番好き。聴いて!

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