突然ですがリヴァイ兵長にマジボレしています(告白)。調査兵団における男女交際について考察したりします笑。そんなわけで今更ながら「進撃の巨人」を読了しました。全34巻!
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最初の方は謎と萌え(今はもうモエって言わないのだろうか)に突き動かされ読み進めていましたが、後半になるにつれて戦争と平和について思いをはせるようになり、最終的には争いについてとても考えさせられたのでこの感慨が薄れないうちに書いておきたいと思います。
以下、勝手な感想ですが他所の考察などは見ていないため的外れだったり独りよがりだったりすると思います。結末についても触れるので未読の方は注意してください。
巨人って何なの?なんで殺そうとしてくるの?っていうことをずっと追ってきた中で、巨人との戦いの姿を借りて見せられていたものは人間同士の戦争でした。あれほど憎んでいた「人間を殺す存在」に主人公たちがなっていく姿に胸が痛みました。戦いをやめるために戦わなければならない、殺しの連鎖を止めるために今、ここで殺さなければならないという矛盾!しかもこれまで仲間だった人と、思想の違いから殺し合うという。
二千年前にやった過ちを糾弾されて「償え」と殺される、それってユダヤ人じゃない?詳しくないけど倫理の授業で習った記憶だと、イエスキリストを殺したからってユダヤ人は自分に罪があるといっているんだよね?そして迫害を受け入れているんだよね?その現場を見た人はもう誰もいないのに。
痛くて直視できないくらいラストに救いがない!個人としては幸せに生涯を終える人はいるかもしれない、戦争と戦争のはざかいで。でも人類総体としては永遠に争いは終わらないし、武器(巨人の力も)があれば人はそれを使うし、それに代わるもっと強い武器が出てきたらそれも使うし。最後に犬を連れた少女が出会うのはきっとまたあの脊髄みたいな巨人の力でさ、根源的な憎しみが消えていないから絶対その力は人殺しに使われるんだよ…ねえ…
愛も描かれているけど、愛は救いではないと思う。愛があるから憎しみが生まれるという負の相乗効果の面が強いと感じました。愛する家族を殺されたから憎む。殺された人は何もできないけど、遺された人がその人を愛していたから殺した人を憎む。愛は救いじゃない。憎しみをつなげていくもの。
でもこれらはきっと事実で史実なんだ!巨人というモチーフで違う形をとってはいても、これは人類の戦争の歴史と同じなのではなかろうか。これを現代日本で描き上げた諌山先生は本当にすごいと思うし、漫画しか読まない、歴史を学ぼうとしない層にも触れたと思う。でもそれを知ったとして私たちに何ができるというのでしょう。一人でも戦い続けようという人がいる限り、戦いをやめるための戦いが終わることはない。どっちが悪いかなんてもう誰もわからないのに、どっちも悪くないかもしれないのに。
土地がこれっぽちしかないから争うのかな?最初からそれだけしかない土地で一つの家族だけが暮らし続けてたらよかったのかな?いや違う、どれだけ小さい集団でも個と個があれば絶対にぶつかる。兄弟げんかを見れば明らか。どんなくだらないことでも争えるのが人間。
ハンジが「虐殺が許される理由なんてあっていいはずがない」って言ったのが本当に本当に真理だと思うんだ…それがわかったからってどうしようもないけど。
いっそすべての人の記憶を消してやり直す!一時でも平和に暮らそう!っていう考えに至るのもわかる。共通の敵があれば団結する。でもその中でまた別の苦しみ、憎しみが生まれていくから何度リセットしても同じ。そして子供たちが犠牲になり、憎しみが憎しみを呼び。
敵だった人を許すというのはとても難しい!まとまらない感想ですけど、最後にチャイルドスポンサーシップのリンクを貼っておきます。私が寄付しているのはプラン・インターナショナルですが、リンクが簡単にできないのでこちらで。人を憎む気持ちがある限り、戦争は他人事じゃないと思います。




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